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東京地方裁判所 平成7年(ワ)17853号 判決 1996年12月26日

原告

若林明

被告

島田忠彦

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは各自原告に対し、金一億七九八〇万三七七五円及び内金一億二三三九万四六〇四円に対する平成七年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、交通事故により傷害を負つたとして、事故後一五年経つてから、被告安田火災に対しては、自賠法一六条及び任意保険約款に基づき交通事故による保険金の支払を、傷害の治療に当たつた被告島田に対しては、民法四一五条、七〇九条に基づき損害賠償の支払を、それぞれ求めた事案である。

二  争点

1  原告の主張

(一) 被告安田火災について

昭和五五年三月六日午前一〇時三〇分ころ、東京都足立区西加平一―一先路上において、信号待ちの渋滞で停車していた原告運転の軽四貨物自動車(六六足立あ一一四五)に、訴外加藤隆義運転の普通貨物自動車(足立四五さ九三〇八)が追突した(以下「本件交通事故」という。)。

被告安田火災は、訴外加藤隆義運転の普通貨物自動車について自賠責保険及び任意保険を締結していたから、原告に対し、自賠法一六条及び任意保険約款に基づき、本件交通事故により原告が被つた損害について保険金を支払うべき義務がある。

(二) 被告島田について

原告は、昭和五五年三月六日から数か月間、本件交通事故による傷害の治療のため、被告島田の診察を受けた。被告島田は、原告に対し、公正な診断書ないし自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成すべきであるにもかかわらず、以下のとおり、その義務を怠つた。すなわち、<1>昭和五五年一二月二日、被告島田は、原告の主訴、レントゲン写真、頸部圧迫検査等から、原告の右諸症状の原因が、頸椎椎間板ヘルニア、胸椎椎間板ヘルニア、腰仙捻挫に基づく腰椎椎間板ヘルニアであり、原告に、脊椎関節の動揺、椎間板の変性、脊柱の障害が発生していることを認識していたにもかかわらず、原告の右諸症状の原因は頸椎捻挫及び胸椎捻挫であると記載した後遺障害診断書(以下「本件診断書」という。)を作成したにすぎず、頸椎椎間板ヘルニア、胸椎椎間板ヘルニア、腰仙捻挫、腰椎椎間板ヘルニア、脊柱の障害等の重要な事実を記載しなかつた、<2>昭和五七年四月二七日ころ、被告島田は、原告の左下腿の筋萎縮、左足関節内転の障害、左四趾五趾の障害及び坐骨神経痛は腰仙捻挫による神経根の障害によるものであるという内容の王子国立病院の診断に照らして、同被告の本件診断書が誤りである旨原告から指摘を受けたにもかかわらず、原告の左下肢の諸症状の原因が腰仙捻挫等であるという内容の診断書を作成しなかつた、<3>昭和六〇年一二月二六日、被告島田は、原告から本件診断書に対して異議を申し立てられ、腰痛を訴えられたにもかかわらず、原告の左下肢の諸症状の原因が腰仙捻挫等であるという内容の診断書を作成しなかつた。

被告島田が公正な診断書を作成しなかつたことは、債務不履行ないし不法行為を構成する。

(三) 損害

原告は、本件交通事故及び被告島田の不作為の結果、<1>休業損害及び遅延損害金(八二〇八万〇八七八円)、<2>後遺障害及び医療過誤による逸失利益(三二〇六万八八〇〇円)<3>慰謝料及び遅延損害金(六五六五万四〇九七円)の合計一億七九八〇万三七七五円の損害を被つた。

(四) 時効の主張に対して

保険金支払請求権については、後遺症による損害は、後遺症の発生を知つた日から消滅時効が進行すると解すべきところ、原告が、本件交通事故に起因する下肢障害の原因が腰椎椎間板ヘルニアであることを知つた日は、平成五年九月一六日であるから、消滅時効は完成していない。

また、債務不履行に基づく損害賠償請求権については、医師が債務の履行としてなすべき診療行為の具体的内容及びそれをなすべき時期は、あらかじめ定められることなく病状に応じ医師の医学上の判断によつて決定されるという、診療契約の特殊性に鑑みれば、その不履行による損害賠償請求権は、本来の債務の履行期ではなく、債務の不履行があつたときから時効が進行すると解すべきところ、被告島田は、前記のとおり、昭和六〇年一二月二六日以降今日に至るまでも、その債務を履行していないので、債務不履行に基づく損害賠償請求権は未だ時効消滅していない。

さらに、不法行為に基づく損害賠償請求権については、原告が、本件交通事故に起因する左下肢の筋萎縮、左足関節内転の障害、左第四趾五趾の障害及び座骨神経痛の原因が腰椎椎間板ヘルニアであるとの医師の診断を受けたのは、平成五年九月一六日であるから、不法行為に基づく損害賠償請求権は未だ時効消滅していない。

2  被告らの消滅時効に係る主張

仮に、原告にその主張するような後遺障害が発症したとしても、それらの症状は、本件交通事故の日である昭和五五年三月六日の後、間もなく発現しているところ、原告が訴えを提起したのは平成七年九月一一日であるから、本件事故に基づく原告の請求権は、いずれも時効により消滅した。

第三争点に対する判断

一  被告安田火災に対する請求

1  自賠法一六条に基づく請求について

自賠法一九条は、同法一六条に基づく請求権は、二年を経過したときは、時効によつて消滅する旨規定する。そして、右消滅時効は、本件のように後遺障害が問題とされる場合には、後遺障害に係る症状が固定したときから進行すると解するのが相当である。ところで、原告の請求は、症状が固定したことを前提とするものであるが、甲第四号証(被告島田作成に係る後遺障害診断書)によると、昭和五五年一一月二九日に症状が固定したものと認められる。そうすると、原告主張の自賠法一六条に基づく請求権は、仮に発生していたとしても、昭和五五年一一月二九日から二年を経過したことによつて時効消滅したもので、原告の被告安田火災に対する自賠責保険金の支払を求める請求は理由がない。

この点につき、原告は、他の医師の診断を受けた平成五年九月一六日になつて、はじめて、本件交通事故に起因する下肢障害の原因が腰椎椎間板ヘルニアであることを知つたとして、右同日から消滅時効が進行すべきであると主張するが、前示のとおり、右主張は採用の限りではない。

2  任意保険約款に基づく請求について

本件訴訟に顕れた全証拠によつても、被告安田火災が、訴外加藤隆義運転の普通貨物自動車について任意保険を締結していたことを認めるに足りる証拠はない。したがつて、原告の被告安田火災に対する任意保険金の支払を求める請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

二  被告島田に対する請求

1  債務不履行に基づく損害賠償請求について

債務不履行に基づく損害賠償請求権は、これを行使することができる時から時効が進行し、その時効期間は一〇年である(民法一六六条一項、一六七条一項)。ところで、原告の請求は、被告島田が昭和五五年一二月本件診断書を作成したことに関連して、その債務不履行を云々するものであるが、原告の主張によれば、原告は、昭和五七年四月二七日ころ、被告島田に対し、王子国立病院の診断内容を報告して、被告島田の作成した本件診断書に誤りがあることを指摘したというのであるから、遅くとも右時点において、原告は、右債務不履行を理由とする請求権を行使することが可能であつたものというべきである。よつて、仮に、被告島田が本件診断書を作成した行為が債務不履行を構成するとしても、右債務不履行に基づく損害賠償請求権は、昭和五七年四月二七日ころから一〇年を経過した時点で時効により消滅した。したがつて、原告の被告島田に対する債務不履行に基づく損害賠償請求は理由がない。

この点に関し、原告は、るる主張するが、いずれも理由がない。

2  不法行為に基づく損害賠償請求について

不法行為に基づく損害賠償請求権は、被害者又はその法定代理人が不法行為による損害及び加害者を知つた時から三年の経過をもつて時効消滅する(民法七二四条)。原告の主張によれば、原告は、昭和五七年四月二七日ころ、被告島田に対し、王子国立病院の診断内容を報告して、被告島田の作成した本件診断書に誤りがあることを指摘したというのであるから、遅くとも右時点においては、原告は、不法行為が成立するか否かはさておき、不法行為に当たると主張する事実とそれに基づく損害の発生を知つていたものというべきである。よつて、仮に、被告島田が昭和五五年一二月二日に本件診断書を作成した行為が不法行為を構成し、原告に不法行為に基づく損害賠償請求権が発生していたとしても、右不法行為に基づく損害賠償請求権は、昭和五七年四月二七日ころから三年を経過した時点で時効により消滅した。したがつて、原告の被告島田に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

この点につき、原告は、るる主張するが、いずれも理由がない。

第三結論

以上によれば、原告の被告らに対する請求は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がない。よつて、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯村敏明 竹内純一 波多江久美子)

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